『Coffee time』
「新一? コーヒー淹れたよ?」
「あぁ、今行くよ」
めずらしく呼び出しも(今のところ)ない日。
散歩にでも行こうか、と思ったのにあいにくの雨。
ただでさえ傍にいる時間が少ないせいで、ロクに出かけることも出来てない。
一時間でもいいから、デートらしきものを、と考えた俺の考えは、あっさりと天気に覆されて。
まいったな、と溜息をつく俺の傍で、いいじゃない、と蘭の返事。
それなら、こんな日にしか出来ないことすればいいじゃない、と両手にハタキを持たされ、書斎に追いやられた。
山積みになった書類や本をどーにかしろ、ということだ。
普通なら、書類はともかく本は蘭が整理をする。
が、今は俺がそれを禁じていた。
本を手に小さな台に乗って、本棚の高いところに直すという、しごく簡単な動作も、今の蘭には危険極まりないのだ。
安定期を過ぎたとは言え、危険なことは避けるに限る。
元々体型が細いので、妊婦であることが判りにくい。
そのせいで、外出先でもかなり無茶をする。
電車に乗っても立ったまま。
まぁ、目立たないので譲ってくれないせいもあるが、席が空いていても座ろうとしない。
空手をやっていたおかげで体は丈夫なのよ?とは言うものの、妊娠というのは、それ自体が普通じゃない。
まして男には判らないことばかりで、日頃、情報のうのみはしないはずの俺も、関連の本を読んでは蒼くなることもしばしば。
「今度の検診っていつだ?」
「明日だよ、一緒に来る?」
「ああ、呼び出しなかったらな」
「ん、判った。あ、そうだ、先生からね、ビデオテープ持っておいでって言われてたんだ。生テープあったかなぁ」
「ビデオテープ?」
「エコーの画像をね録画してくれるの」
「ふーん、こないだ見たあの黒い写真のヤツ」
「・・・黒いって・・・。もう、赤ちゃんの写真って言ってよ〜」
「そう言われてもさ、まだ小さなカタマリだったろ? あれじゃ判んねーよ」
「う・・・確かにそうだけど。でも今はちゃんと赤ちゃんの形してるよ? 手とか足とかちゃんと判るもん」
「ふーん、性別は?」
「まだ聞いてないよ、そろそろ判るのかな」
「どっちでもいいよ、元気で生まれてくれたら」
「そうだね〜」
コーヒーのお供の話しとしては、あまり色っぽくはないけれど。
それでもこれは2人の甘い生活から起きた幸せな結果であって。
一足先に父親になった大阪の悪友と新婚ほやほやの元怪盗のひやかしの入った祝辞が頭をよぎったけど。
幸せそうに笑う蘭を見て、同じ幸せを感じることが出来る、今の自分を改めて感慨深く見つめ直して。
明日、始めて見るであろう、動く我が子を思い浮かべながらのコーヒータイム。
───────あと3ヶ月で俺は父親になる。
『続・Coffee time』
今日はキレイに映ってますね。
お父さんが一緒に見てるからかな。
判りますか?
コレが背骨ですよ。
ほら、足が動きましたね。
蘭の希望で 検診についてきたのはいいが、どうにも身の置き場がない。
そりゃそうだろう。
ここは産婦人科。
患者はほとんどが妊婦。
つきそいの旦那なんて一人いるかいないか。
蘭が診察室に入ってしまったら、なおのこと、居辛い。
エコー画像を見るために看護師に呼ばれるまでの数分が長く感じられたのも気のせいじゃないだろう。
「男の子だって」
診察室に入ってきた俺に蘭が言う。
ほら、ココ。
ちゃんと写ってる。
男である証が偶然にもキレイに映っていて、間違えようがない。
担当の医者がアレコレと説明しているが、はっきり言って頭に入ってはなかった。
女医じゃねーのかよ!
自分以外の男が、蘭の腹を、機械越しとはいえ触っている。
更に触診だと称して(必要なんだろうが)、直に触れている。
くだらない、それでも俺には耐えがたい事実を目の当たりにして、少しばかり不機嫌になってしまっていた。
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「どうしたの? 病院出てからおかしいよ?」
いつものようにコーヒーを淹れながら、聞いてくる。
言える訳ないだろう。
こんなバカげた嫉妬。
それでも不機嫌オーラは出てしまってたようで、しっかり蘭にはバレてしまっている。
「ねぇ、私、何かした?」
ちげぇよ。
俺がちっぽけなだけなんだよ。
が、蘭に嘘はつかない、隠し事はしないと誓った身、このまま黙ってる事も出来なかった。
「女医じゃねーのかよ・・・」
「え?」
「だから、女医じゃねーのかって」
「じょい?」
「産婦人科の医者! 女の医者じゃねーのかって」
「・・・・・・・・・」
それだけで、俺が何を言おうとしたのかが判ったのか、蘭が少しあきれた顔になる。
「あっきれた! それで機嫌悪かったの?」
「蘭の腹触るんだぜ。それに何だっけ? 内診? あれってさ・・・」
「もう、相手はお医者さんよ? 何考えてるのよ・・・。
そりゃ、内診の格好は確かに恥ずかしいけど・・・。でもそれが普通なのよ?
それにね、今日の先生は代理なの。私の担当は女医さんよ」
「は? 代理?」
「バカ!」
院長先生の名前、見なかった?どう読んでも女性でしょ?
早とちりの揚句、くだらぬ嫉妬に赤くなり青くなり。
名探偵と呼ばれようが、蘭の事に関しては天才頭脳も働かないのだ。
まして、妊婦となればなおさらだ。
「変なパパですね〜」
湯気の向こうの、夫の言動にあきれた妻は、この顛末をお腹の子に報告中。
せっかく淹れてくれたコーヒーも、こんな気分じゃ味も変わる。
本日の隠し味は、蘭のあきれ顔。
ソッポを向いて呑むコーヒーは、ブラック党の俺にも苦いものだった。
カウンター1500番&2626番ゲットの南さんのキリリク小説です。
きちんとした新蘭書いたのってこれが始めてかもしれない。
ちなみにエコー画像録画ってのは実話です。うちの姫は画像があったりします。