――――似たもの同士だ、と思いつつ。
 
 

　　　◇◇◇
 
 

「今度の週末、志保の家に遊びに行かない？　一度行ってみたかったんだよね」

とある日、とある授業の後の休み時間。
あのさ、という言葉に続いて聞こえてきた内容に、蘭は少なからず驚いた。
志保は日直の作業をしているので、２人からは黒板の字を消している背中が見えるだけ。
 

「…じゃ、志保に聞いてみようか」
遅れて反応を返すと、うん、と園子がうなずく。
内心首をかしげながらある人へと視線を向けると、彼もちょうど、こちらを見ていたらしい。
話が聞こえていたのか、意味ありげな微笑み。
そのうちにチャイムが鳴り、蘭はあわてて意識を学生の本分へと戻した。
 
 

高校２年の冬に帝丹高校に編入してきた志保は蘭達と同じクラスになり、以来ちょくちょく３人で話すようになった。
名前で呼び合う関係ではあるものの、園子と志保の間にわずかでも隙間があるのは、蘭もよくわかっていて。
性格の違いも多分にあり、きっとこの状態は変わらないのだろう、と思っていたのだが。
「…いいわよ」
あっさりと志保も承諾した。
「どうせなら、泊まってもいい？」
園子の追加の申し出にも、彼女は首を縦に振り……土曜にパジャマ持参で阿笠邸に集まることになった。
 
 
 

　　　◇◇◇
 
 

テーブルの上に広げられるのは、志保が淹れたコーヒーに、蘭手作りのクッキー。
そして、園子が持ち込んだ大量のファッション雑誌。
「もうすぐバーゲンでしょ？　あたしが志保に合う服を選んであげる」
「…いいわよ」
「志保。園子のセンス、すごく良いんだよ。わたし好みのを上手に見つけてくれるんだ」
「そうそう。園子さんにまっかせなさい！　もうちょっとおしゃれするべきだって、志保は」

志保が内心困っているのは、顔を見ればわかる。
元々、あんまり着飾ることに興味があるようにも思えないし。
でも、オーソドックスとはいえ、いつも品の良い服を選んできている彼女。
「何でも着られればいい」なんて考えじゃない、そう思う。

「あとね、このお店の近くに最近オープンしたばかりのカフェがあるの」
「えーどこに？」
「それ……『ファランドール』？」
珍しく、志保が会話に割って入る。
「そう！　志保詳しいじゃない」
「――外装が、すごく素敵だったから」
園子は、何度も大きくうなずく。
「何でも、オーナーの趣味らしいのね。
　コーヒーも絶品らしいわよ。明日行ってみる？」

これは、いつもの蘭と園子の会話のペース。
ぽんぽんと、キャッチボールの速度としてはかなり速い。
盛り上がったときは、特に。

逆に志保とは静かに会話することが多い為、この加速度的スピードに蘭は内心はらはらしていたのだが。
「――そうね、できれば」
ワンテンポずれたものの、志保はきっぱりとうなずいた。
「じゃ、明日買い物の途中に行こっか」
園子も、にっこりと笑う。
 
 
 
 
 

「志保の趣味だと、多分ここと、ここ、かな。結構素材が良い割に、値段も安いし。
　それと、蘭がよく行くところもチェックしておかなきゃね」
「いいよ、わたしは別に」
「何言ってるの。蘭に似合う服を園子と一緒に見立ててあげるわよ」
「そうそう。あたし達がばっちり、コーディネートしたげるから」
蘭の心配をよそに、２人はすっかり意気投合したらしい。
座る位置も微妙に近くなり、志保の若干硬かった表情も、すっかりほぐれている。
 

コーヒーが紅茶へと切り替わり、クッキーがなくなっても、話は尽きない。
「…ほんっと、アヤツに蘭はもったいなさすぎるのよね。救世主なんて言われてるけど、あれはただの推理オタクだって」
「同感。プライベートの工藤君を全国ネットで放送してやりたいわ。推理小説ばっかり読んで、家事は蘭に任せっきりで」
「違うってば。新一は、ちゃんと身の回りのことはしてるから」
「蘭？　日本語は正しく使わなきゃ。あれで『ちゃんと』なら、あなたがお隣に来る必要なんてないのよ」
「お弁当もいっつも愛妻弁当だしねー。アヤツもそれがあたりまえって思ってるし」
「そんなことないって」
何もここまで同調しなくても、と蘭が思うほど、息がぴったり。
あの、誰にも寄せ付けない雰囲気を身にまとっていた彼女と同一人物とは、思えない。
 
 
 

『――オメーは心配しすぎなんだよ。
　時が来れば解決するって』

いつだったか、新一が言っていた。
どちらも親友と言える存在の2人の仲を心配する蘭に、彼は本から目を離さずにコメントした。
今が『その時』、なのだろうか。
 
 
 

ぼんやりと考えていると、2人の話は更にヒートアップを始めているようだった。
志保の知らない中学生の頃の新一達のことを、園子は脚色を加えつつ、熱弁を振るっていて。
「もう、何で新一の話してるのよ？　他の話にしようよ！」
彼女の必死の訴えは、一瞬の間の後、友人の笑いに包まれる。
「わかったわかった。蘭のお願いとあれば」
目尻に涙まで浮かべて、園子は言う。
「そうね。さしあたって、今夜のメニューでも考える？」
志保は余裕ある笑みで、蘭を見つめる。
 

食事の話となると、ここは蘭の独壇場。

ひとしきり食べたいものや作り方、必要な食材のリストアップをして。
キッチンにある冷蔵庫の中身を確認して。「えっと…あとは、パセリ」
「パセリ、ね。ＯＫ」
「じゃ、博士に声かけてくるわ」
 
 

　　◇◇◇
 
 

３人が出て行った音を確認して、博士は研究室からリビングへと戻ってきた。
すっかり空になってしまったポットをテーブルに置き、ソファに腰を下ろす。

『中身はコーヒーよ。ちゃんと休憩も取ってね。何かあったら内線で呼んで』

朝から掃除に洗濯と、忙しく立ち回っていた志保。
友人達が来るのがよほど嬉しいのだろう。彼女は決して、それを口にしないけれど。
そんな状況で、自分のことも気にかけてくれたという事実に、博士は、志保が変わりつつあるのだと
――変化というより『進化』に近いと感じながら、笑みを深くする。

志保だけではない。
蘭も、園子も、みんな――――――
 
 
 

『何なら、うちに来れば？
　博士の好きな酒もあるしさ、その方がゆっくりできるんじゃねー？』
昨夜、新しい発明品を見るためにやって来た隣人から受けた、誘い。
それもそうだ、とひとりうなずきながら、博士は簡単な置き手紙を書いてから家を出て行く。
 
 

夜、阿笠邸からは、少女3人のにぎやかな笑い声が絶えることはなかった。
翌日は街へ行き、おいしいものを思う存分食べ、めいめいに似合う服を買って。
 
 
 
 

「博士。
　私、ここに残って良かったわ」
ひどい二日酔いの頭を抱える博士に、志保はきっぱりと告げた。
憂いのない、穏やかな笑顔で。
 

同時刻、工藤邸に新一の携帯電話の呼出音が響く。
『ちょっとくやしいけどお礼言っとく。
　――ありがと、新一君』
「別に。お礼言われる筋合いねーよ」
二言三言の会話で通話を切る新一を、キッチンから蘭が呼ぶ。
「…事件？」
「いーや、クラスの奴から」
「宿題見せてって？」
「――ま、そんなとこ」
くすくすと笑いながら、彼女は安心したような表情を見せる。
 
 
 
 

――――こんな風にして、彼女たちは日々を過ごしていく。
それぞれに、『進化』を遂げながら。






匂坂七海さんより戴きました。

彼女のサイトでカウンター５００００を踏みまして、リクエストしたものです。
軽〜い気持ちで『女の子達の日常会話』とお願いしたのですが、
まさか彼女の中でベスト３に入るほど難しいものになっていたとは露知らず(滝汗)

ごめんなさいっっ。
でも、嬉しかったです、ありがとうございましたvv