『幼子の見る夢に』




冷え込んでくる教室にもどり、先程ようやく終わった面談を考えて青子は溜息を吐いた。

仕事に忙しい父に、三者面談の日程を伝えてきてもらうはずだったが、
よりにもよって面談に向かう直前に彼が専任している俗称『怪盗キッド』から予告状が届き、
来れなくなったのは皮肉なものだ。

だが、父が来たとしても、青子は教師に自分の希望進路を伝える事は出来なかっただろう。
彼女にはまだ、自分の進みたい道が見えていなかったのだから。
そこそこの成績を取っているために、担任も苦笑していた。


もう、三年の二学期も終わり。
いい加減進路を決定しなければならないのに。

小さい頃のほうが、夢がはっきりと見えていたと思うのは気のせいだろうか?
帰り支度の済んでいた鞄を片手に、重い足取りで青子は教室を、学校を後にする。



父の仕事を考えて最後に回してもらった面談も、結局意味はなかった。

夕暮れを通り越し、闇に沈んだ帰り道に、吐き出す息の白さが目に付いた。
ぴりぴりと肌を刺すような寒さに首に巻いたマフラーに頬をうずめるようにして歩く。
澄んでいく様に感じるこの空気みたいに、はっきりとやりたいことが見えたらいいのに。

とぼとぼと気の進まない足取りで帰る青子に、背後から声が掛かる。

「青子!今帰りか?」
「快斗!?」

呼ぶ声に勢いよく振り返った。

沈んでいた気持ちが、ちょっと上向きになるのを感じる。


近所の幼馴染である青年の姿に、青子は笑顔で答えた。

社会人として働いている彼はショービジネスの世界に足を踏み入れており、
早くも脚光を浴びているがために、最近では会うことも少なくなってしまった。


大好きな、青子の幼馴染だ。

追いついて隣りに並ぶのを待って、一緒に帰りだした。

「久しぶり、だね?」
「ん〜、そうか?」
「そうだよ!」

一月ぶりにあったというのに、この態度。

大切にしてもらっているのはわかっている。
けれど、それはあくまで幼馴染の近所の妹のような女の子としてであって、………ちょっと、淋しい。
贅沢だってわかっているけれど。

「快斗、忙しいんじゃない?また、大きめのショーがあるんでしょ?」

以前のままのような印象を与える幼馴染は、それでも急に手の届かなくなった人のように感じる。
今時折垣間見える、見たことのない種類の優しい微笑のせいかもしれない。

「あー、まあな。」
「……いいなぁ。」


ぽつん、と快斗の顔を見ながら青子の口から、呟きが漏れた。


言い誤魔化したような口調の快斗には、それでもどこか誇らしげなのが見て取れる。
昔からマジシャンになるといっていた彼の夢は叶えられつつある。

これからも、その夢に向かって進んでいく。
迷いのない真っ直ぐとした瞳に、憧憬を覚えずにいられない。

「どうかしたのか?」
「え?」
「アホ子にしちゃ珍しく溜息なんてついて。」
「もう!誰がアホ子よ!青子だって、悩み事の一つくらいあるんだから…。」

むっと膨れて見せる青子に、快斗はにやりとした笑みを浮かべた。

「悩み事ね〜?」
「そうだよ。」
「どうした?……好きな男でも、出来た?」
「そうじゃないよ。」


快斗の言葉に刹那、息を呑んだ。

聞きたくない問いかけ。
ああもう。言いたくない悩み事ばっかりだ。

「ふ〜ん。んじゃ、なんだよ。」

本当に言葉に詰まって快斗を見上げると、軽い口調で言いながらも、絶対に聞きだす気なのがすぐにわかった。
絶対に引き下がらないって顔してる。顔というよりも、瞳?

こっそりと二度三度深呼吸をして、口火を切った。

「……わかん、なくて。」
「何が?」
「進路……。」

言い難そうに口にした青子に、快斗は眼を瞬いた。


「は?」


「だって、快斗は昔からマジシャンになるって決めて、その夢を叶えてるけど、
青子、何がやりたいのかもわかんないんだもん!」

「いや。でも、もう希望の学校くらいは決めないとやばいんじゃねぇのか?」

「さすがにね。青子が通えそうな大学の資料は、取り寄せてるよ。」

「学部が決まらない?」


「……うん。」


ただ気が多いのか、どれに対しても同じほどにしか興味の湧かない自分を自覚している。
どの選択肢にも、足踏みをしてしまう。

特に、これといって際立って得意な科目もないかわりに、同じように得意な科目もないからなおさら。
本当ならば、もうとっくに二次試験対策も始めておかなければならないのに。

「家は、出たくないの。青子が出て行ったら、お父さん独りになっちゃうし。」

俯き加減に前を見ながら、言葉を選ぶ。

「あ、もちろん行きたい場所があったら、遠くても家を出ていいってお父さんは言ったんだよ?
でも、青子遠くに行きたい大学も特にないし。」


快斗には言えないけれど、彼と通えるならば、彼の行った大学に行くことを選択肢として考えに入れていたと思うのだ。
学部は、さすがに違ったかもしれないけれど、それでも広いキャンパスの中でも偶然会うことを期待してしまったと思う。

不純な理由かもしれないが、選択肢を絞る理由にはなった。


けれど、それもない。
自由を言うことが、どれだけ厳しいことか青子は知っていて、足が動かない。

「恵まれてるってわかってる。どんな進路を選んだとしても、お父さんは応援してくれるって、わかってるから。」

だからこそ、進む道の見えない自分が、情けない。


もちろん、そう簡単に見えるものでもないのだろう。
わかっていても、歯がゆくて、今日、父が面談に来れなかった事を少し喜んでしまう自分がいた。

「あ〜。」

困ったように空を仰いで言葉を捜す快斗の仕草は、昔と変わらない。

「快斗は、昔からはっきりしてたもんね?」
「まあな。まだまだこれからだけどな。」

なんでもない振りをして、影での努力がすごいんだって事を知っているから、羨ましいとは思うが、嫉妬する事はない。

「大丈夫だよ。快斗がすごいマジシャンだって、青子が一番知ってるもの。打倒おじさん、でしょ?」
「おう。見てろよ!」

自信満々に言い切る快斗を見ていると、どこか嬉しくなってくる。
幼い頃は、彼が本当に魔法使いだと思っていた。


今も、青子にとって快斗は、世界で一番の魔法使い。

「うん。」
「そう焦るなよ?」

ぽん、と頭に手を置いて、青子の髪をくしゃりと快斗が混ぜた。
暗く沈んでいる心に前を向くように、心の重荷を少しずつ解いてくれる。

優しい感覚に、青子は快斗を見上げる。


「青子にも、見つかるかな?」
「見つかるだろ。」
「絶対?」
「……絶対。ま、ひとまず片っ端から受けてみたらいいんじゃね?」
「それは、受験料が掛かるから駄目!もったいない!!」

とっさに返した言葉に、快斗が破顔した。

「!あっは…はははははは!!」
「もう、何よ!」

柳眉を逆立てて、快斗を睨みつける青子に、快斗は笑い続ける。

「おっまえな〜。」

ひーひー笑いながらも、柔らかく手を添えていた頭の手を乱暴に動かした。
ぐしゃぐしゃとかき混ぜられる髪に、青子はさすがに悲鳴を上げた。

「きゃー!快斗何するのよう!!」
「とっさにそんなこと考えれるなら大丈夫だな!」

「馬鹿にしてるの?」


手で髪を整えながら、そう睨みあげる。

「ばーか。褒めてんだよ。」
「もう、ならこんなに髪ぐしゃぐしゃにしないでよ!青子の髪絡まりやすいのに。」
「はー?元からそんなに変わってねーからわかんねーなー。」
「か〜い〜と〜?」


睨みあげても、ニヤニヤした笑みを浮かべたままいっこうに反省の色を見せない快斗。

こういう意地悪なときがすっごく楽しそうで、自分でも馬鹿だなって思うけど、成人しても変わらない少年性も好き。
怒って頬を染めているのか、快斗に見惚れて頬が熱いのかわからなくなる。


誤魔化されてる。
悩んでいることも、快斗に掛かると、なんでもないことみたいに思えてくる。

すっと肩の力が抜けて、心が軽くなる。


ああもう、やだな。違う意味で、敵わない。
さっきまで見えてこなかった道が、小さな光を放ってちかちか見えてきたような気もするんだから。


「わるかったって。青子、機嫌直せよ。」
「もう、いっつもそうなんだから。」


自然と浮かんでくる苦笑。



視界をよぎったスーパーに、忘れかけていた買い物リストを思い出した。


「あ、快斗。青子スーパー寄るから…。」

ここで、と言うより先に、快斗が進行方向を修正した。

「じゃ、いくか?」
「え!?でも快斗……。」

「お袋がさ、俺が帰ってくるの知ってるくせに今日は友達と飲んでくるって言うんだよ。家見たらなんもねーの。」
「ええ?じゃあ今日どうするのよ。」

「カップ麺でも買おうかと。」
「駄目だよ、快斗!一人暮らししてからろくなもの食べてないんでしょ?インスタントばっかり食べちゃ、体に悪いよ。」

「おッ前俺の料理の腕前しらねーのかよ。いつもは作ってるよ。」
「知ってるけど、それ以上に面倒くさがりじゃない。」


暗に、気がむかなければ作らないでしょうと指摘すると、ぐっと言葉に詰まる。

ちょっと見直したかと思うとこれだ。


「青子は、今日はどうするんだよ。親父さん今日も遅いのか?」
「え?お父さんは、今日帰って来れないんだ。だから、青子一人だから、適当に食べようかなって。」
「一人、なのか?」

「うんそう。ほらまた、『怪盗キッド』からの予告状が来たのよ。あ、もちろん宝石の持ち主に、だけど。」
「ふーん。じゃあ青子、さっき怒らせちまったし、一緒に飯でも食いに行くか?」

「へ?」
「鍋の美味いところがこの近所に二号店出したろ?鍋って一人で食いにくいじゃねえ?一緒にどうよ。奢るぜ。」


あ〜、なんってったけ?と言いながら類似する店の名称を挙げて見せる。

つい最近オープンしたそこは、食べに行ったクラスメイトお奨めの場所。

恵子も「美味しかったよ。」と言っていて、機会があったら行きたいと思っていたところだ。


「行く!!いくいくいく〜!!でも、いいの?快斗!」
「社会人を舐めんなよ?」
「わ〜い、ありがとv」


勢いのまま、目の前の快斗腕にぎゅうっと抱きついた。


「ほれ。夕飯以外で、なんかスーパーで買っとくもんはないか?」
「ある!」
「んじゃ、行くか。」
「うん!」

優しい瞳で見つめるから、自分のしてることに気がついたけれど、
スーパーの入り口まで腕を放すことが出来なかった。


気がつかないで。

小さい子供だと思われているのだとしてもいいから、このまま傍にいられればいいのにと願ってしまうのは、
ただの我侭だと知っていて願ってしまった。






手早く買い物を済ませ、互いに家に荷物を置いて青子は制服から私服に着替えて、
件の店へと二人歩いて向かった。

選ぶ時間がなかったが、青子が着ているのは、お気に入りの膝丈プリーツスカートと、ニット。
上着には、防寒優先のダウンジャケット。足元は、当然ブーツ。
パンツ、と言う選択肢を選ばなかったのは、乙女心というヤツかもしれない。

快斗の隣に立つには及第点な格好だと思われた。

評判どおり、店は開店からまだそう経っていない為かお客も多く、待たされるかと危惧したが、
いつの間にやら快斗が電話を入れていたらしく、すぐに奥へと通された。

お店でふんだんにだしをとって作られたおなべはやっぱり違う、と思いながらも、
その日の夕食時は互いに近況報告に終始した。

快斗は片手に、日本酒を。青子は、ウーロン茶を。

快斗は、仕事や仕事で行った先の話をして、青子は、学校であったことを互いに話す。


まるで、互いが共にいられない時間を共有するように。

楽しくて、嬉しくて、時間があっという間に過ぎてしまうのがちょっと寂しいくらいだった。


快斗が会計を済ませる間、青子は先に外へと出ていた。

快斗はあまりいい顔をしなかったが、奢られる手前会計の値段を見てしまうと
さすがに気が引けてしまうのだから仕方ない。


はあ、と息を吐くたびに、吐息が白く染まるのを見つめて、僅かな時間彼が出てくるのを待った。


風邪には気をつけないと、と思いながら、待つほどもなく出てきた快斗に近付く。


「お鍋美味しかったね。ご馳走様、快斗!」
「おう!お粗末さまでした。」

二人で満足げな笑みを浮かべて、家路を辿る。


駅から離れて住宅街になると、ぐんと世界が静かになる。

二人共に上機嫌なまま、店の中で話していた続きのように色々と話していた。
だが、周囲が静かになると声が響く。自然と、声の調子を落として話は続いていた。

「最近まで、インフルエンザで寝込んでた子がいたんだよね。でもね、ようやく元気になったみたいなんだ。
…ねえ?快斗そういえばマフラーしてないよね?ないの?」
「あ〜、いや、前のやつなくした。」

「え〜。どじ〜。寒いでしょ?風邪ひいたらどうするのよ。」
「んなのひくわけねーだろ?」
「わかんないじゃない。冬の風邪って何とかがひくんでしょ?」

暖かそうなジャケットを着ているから、大丈夫だろうとは思うけれど。

「アホ子と一緒にするんじゃねーよ。」

ぴん!と快斗は青子にデコピンを食らわせる。

「いった〜い!快斗みたいになったらどうしてくれるのよ。」
「この天才快斗様みたいに?そりゃ感謝して欲しいくらいじゃねーか。」
「誰が天才よ!」

ぷうッと膨れて見せる青子の頬を、快斗はいたずらな笑みを浮かべてつつく。

「わかってんじゃねーの?」
「バ快斗。」
「そんな生意気いうのはこの口か〜?」

前に回りこんで、柔らかく青子の両頬を摘まんでうりうりと上下に動かす。
痛くはないけれど、小さな子供にするように自然と顔を寄せられた。

「もー!何するのよ。」

両手で動かそうとする手を持って阻むが、くすくす笑って取り合わない。
手を動かすのはやめたが、手を離す気配はなかった。


「快斗?」



こつん、と額がくっついた。


酒精を僅かに含んだ吐息が、唇に掛かるくらい近くに顔があった。

咽喉の奥で、声が引っかかる。


「熱はねーみてーだな?」


「へ?」


間近に見る快斗の顔は、急に真面目なもので、どこか安堵したように緩む。


「熱?」
「おう!おめー、ほっぺた赤いから、風邪でも引いて熱でも出たんじゃねーかと思ってよ。」
「お、お鍋食べて、身体があったまってるから、だよ。」


さすがに、顔が近くて、緊張して顔に血が昇っているんです、とは、けして言いたくない。

昔からこれくらいに接触はあったのに、今更こんな反応を返しているだなんて、
『好きだ』といっているようなものではないか。

「ならいいけどよ。これからまだ寒くなって来るんだ。気ぃつけろよ。」
「あったりまえ〜。快斗と違って青子はきちんと防寒対策してます〜。」

「おお!言ったな!」
「言いました〜!マフラーもしてない快斗に言われたくないもん。」

「なんだと〜?」
「ほ、ほら!大丈夫だってわかったんだから、放してよ。」

摘んだままの両手を離すように、添えるような形になっていた自分の両手で、放す様に促す。

「へいへいっと。」


身を放した快斗に、ちょっとだけ安心する。

先程の距離は、心臓への負担が大きすぎる。
家族同然だと思っている者への接触にしても、平然としている快斗が憎らしい。


女性の扱いに実は慣れている幼馴染に、内心やきもきしている自分が、馬鹿みたいだ。

目の前の幼馴染が本当に女の子なんだって、わかっているのか?と、
ちょっと勘繰りたくなるくらいいつもと変わらない。


「ま、これから先長いんだから、身体には気をつけろよ。」
「快斗もね。」


鋭く切り返した青子の言葉に、快斗は軽く肩をすくめる。

「わーってるよ。」
「んじゃ、ここで止まらずに帰んないと。せっかく温かくなったのに、それこそ風邪引いちゃうよ。」


先程まで感じていた緊張を振り切るように、軽い足取りで歩き出す。

今は、絶対に振り向けない。
先程までの熱が、体中を巡って、身体の外に出て行かない。
快斗が額を合わせていた時よりも、顔が赤くなっている自覚があった。

だから、彼が何事か呟いたのは、青子の耳には形を持って届かない。


「はー…。鈍い女。」


自分で手一杯だった彼女に、彼が聞かせるほどの声で呟くこともないのだけれど。


「……?なんかいった〜?」


青子にとっては精一杯のなんでもない口調。

それに、顔を見ないまま問いかけられた快斗は、いつもと同じ言葉を返した。


「こら、アホ子!人を置いてってるんじゃねーよ!」
「置いて行ってなんてないでしょ〜?」


言っている間に、快斗はコンパスの違いを利用して青子にすぐに追いついた。

何とか誤魔化せるくらいには冷えた頬に安堵して、いつもどおりに笑う。
青子は、なんでもない風を装いながら、ある一つのことを決意した。






ようやく決まった進路に向けて、青子は勉強を始めた。


今までも、手を抜いていたわけではなかったけれど、ようやく決めた目標は、我ながらハードルが高かった。
選択肢に入ってはいたものの、どこか躊躇していたから選べなかったのかもしれないと今なら思う。


けれど、彼の…幼馴染の笑顔がきっかけとなった。

『おう。見てろよ!』と自身ありげに言い切った彼が、彼自身が挑もうとしている高い高いハードルを、
いっそ楽しみにさえしているのを見て、追いつきたいと、思ったのだ。

彼の隣りに立っても、気後れしないだけの自分になりたいと。
何よりも、彼と同じような笑みを浮かべられるような自分になりたい。


思えば、父も怪盗キッドを捕まえようとしているときに、同じような笑みを浮かべている。
何日も泊り込み、徹夜だってして、それでも、その苦労が楽しそうなのだ。
やりがいのある仕事だと、いつも言っている。


そんな大人になりたいと思っていた。


幼い日から夢見ていた夢は、曖昧で、ようやく決めることが出来たけれど。

もう一つ、胸の奥に、ずっと願って叶えたい夢が眠っているのを、自覚している。


『幼馴染』と言う特別よりも、『恋人』と言う特別を。


小さく無邪気な子供だった頃から、変わらない夢がある。






真っ白なウエディングドレス姿の花嫁が、至福の笑みを浮かべて立っている写真。


幼かったあの日。

お互いの家族の写真を、快斗と二人で見ていた。

お互いの両親の結婚式の写真には、同じ種類の笑みを浮かべて花婿花嫁が写っていた。
幸せを感じていることが一目でわかるその祝福された姿に、憧れを抱くのは当然だった。


「おばさんきれーい。おじさんも、すっごーくかっこいい。ね!快斗。」

出会った当初に『快斗お兄ちゃん』と呼んで、微妙に嫌な顔をされて以来、
青子はずっと快斗を呼び捨てで呼んでいた。


「ん?ああ。親父たちの結婚式の写真か?」
「うん!おばさん、すごくきれいー。いいなあ。おひめさまみたい。」

「ウエディングドレスか…。もちッと先に、カクテルドレス姿のもあるぜ。」
「かくてるどれす?」
「…別のお姫様の格好もしてんだよ。ウエディングと一緒に、ほかにも二着着たっていってたぜ?」


いわれるままにめくると、たしかに紅いドレスと、黒が基調となっているドレスの
二種類を着た快斗の母の姿があった。


「こっちのもきれい!うわー。」
「やっぱアホ子も女の子なんだな〜?」
「なによう。青子、アホ子なんて名前じゃないもん!」
「…じゃなくて、やっぱ女はドレスが好きだな。」


からかうような口調で言った快斗に、青子は躊躇うことも無く頷いた。

「うん!いいな、青子もきたいな〜。」
「一番、青子は何が着たいんだ?」
「白いドレス!いちばん、おひめさまみたいなんだもん。」
「そっか。それにはまず、花婿さん探さねえとな。」


青子をお嫁にもらってくれる奴なんているかな?と、
それ以後からかわれて有耶無耶になってしまったのだが。






心の中で、ずっとずっと思っていた。
快斗のお嫁さんになれたらいいのに、と。


今もそれは変わっていない。

いや、幼い頃よりもより強く願っている。


ふっと息をついて、わざとカーテンを開けたままの、窓の向こうに広がる空を見上げる。



夜空の星の瞬きに、不安と安堵を同時に感じた。


何処までも続くその広大さに、感動し、心奪われる。

相反するように、その深遠を思うと、気分が落ち着かなくなる。
たった一人、世界に取り残されているような。


キリのいいところまでひとまず過去問題を片付けて、傍らに置いてある物を手に取った。


わざとらしいかな?とは思ったけれど、首元が寒そうだったからと言う理由で、快斗にマフラーを贈ろうと決めた。



これは、小さな勇気。



三週間ほどもあれば、勉強の合間に、マフラーを編むのもさほど苦ではないはずだというのもあった。

凝った編み方は出来ないので、シンプルな一目ごむ編み。


色は、どんなときにも使えるであろう黒色を。



苦手でなくて良かったと思いながら、一目ごとに編んでいく。

クリスマスにまでに編んで、プレゼントできればいいと思っていた。

多分、彼はクリスマスにショーの予定が入っているだろうけれど、会えなくても、託すことくらいは出来るだろうから。



クリスマスに、告白しようとは思ってはいない。

受験のさなかに告白して、もし、振られでもしてしまえば、勉強が手につかなくなるのなんて目に見えているから。


だから、春になったら。
三月の卒業式が終わったら、彼に思いを告げようと決めた。


もちろん、それまでにお正月の初詣は出来たら一緒に行きたいし、バレンタインには絶対にチョコレートを贈るつもりだ。



……まあ、それまでにマフラーを買ってしまわないと言う保証も無いけれど。



「…その時はそのときだよね。」



それに、受け取るだけなら、きっと快斗はしてくれるし。


幸せな気持ちと、不安な気持ちと、全部をこめて、青子は丁寧に丁寧に、マフラーを編み進めた。